桜河の様子に軽い違和感を覚えたのは、遅めの昼食を済ませた後だった。なんとなく普段より…というより、つい先ほどまでと比べて口数が減った気がした。かといって機嫌が悪いわけでもなく、どちらかといえば何か気掛かりなことがあるような、ぼんやりとした雰囲気。
今日は午前のうちに寮を出て、二人でショッピングモールを訪れた。桜河の冬服を見繕う約束をしていて、館内を軽く周って当たりをつけてから、ピークタイムを避けて昼食をとったところだった。
例えば、お腹が痛いとか。そう考えて、献立を思い出す。桜河は山かけうどんと天丼のセットを食べていた。それからデザートには蕎麦茶プリン。俺からすれば食べ過ぎが原因のような気もするが、最近の桜河はそれくらいの量、ペロリと食べてしまう。
「HiMERUはん、なんか、どうかした?」
歩きながら考えを巡らせていると、桜河が心配そうにこちらを覗き込む。どうかしたのは自分だろうに、俺が少し黙り込んだだけで気付くんだな。なんだかくすぐったくて笑ってしまう。
「ふふ、なんでもありませんよ。少し考えごとをしていたのです」
「考えごと? ほんなら良ぇけど」
そう言いながら、桜河は一歩先に出てエスカレーターに足をかける。なんでも、階段やエスカレーターで俺より前を行くのが好きらしい。理由を聞いた時、少し照れくさそうに「ぬしはんのつむじが見えるから」と言っていたのを思い出す。
それを聞いてから、階段に登らずとも見える桜河のつむじが愛しく感じるようになった。あの子は時々、俺には見えなかったものを見せてくれる。無自覚に。
ステップが平らになったところで、桜河が大股を開く。持ち上がった左足の踵を見て、ピンときた。そうか、あのスウェードの靴を買ったのは、そういえば昨年の今頃だったかもしれない。
「桜河、待って。ストップ。いったんあそこのベンチに座ってください」
「えっ」
わしは今ギクッとしました、と書かれた顔で桜河が振り返る。赤く擦れた肌を目にするまでは微塵も悟らせないほど巧妙に、痛む足を隠し果せていたのに。
「靴擦れしているでしょう。見えましたよ」
「うう……でも痛くないで?」
「はいはい、分かりましたから靴下脱いで見せてください」
これだけ赤くなっていて痛くないわけがない。案の定、皮が捲れてしまっていた。バッグから絆創膏を取り出して、2枚重ねて貼ってやる。
「どうしてもっと早く言わなかったのです」
すんでのところで怪我まではいっていない右足にも同じように処置をする。念のため靴下を剥ぎ取って見ると、小指の付け根も赤くなっていた。
「痛くないもん……」
「絆創膏が当たった時、顔をしかめていたの見ましたよ」
「ぐ……やって、せっかく久しぶりにぬしはんとお出かけしとるのに、足痛いなんて言うたらお開きになってしまうと思ってん……」
あ、かわいい。膝に顔を埋めて、尻すぼみに言い訳する桜河は子どものようだ。そう思ってから、はっとした。「子どものよう」ということはつまり、いつの間にか子どもではなくなっているということだ。出会ったころは「大人びている」と思っていたのに。
「桜河、この靴だいぶ小さいでしょう?」
「ん? ん~、たしかにちょっと窮屈な気ぃするけど、まだ1年も履いとらんで?」
「成長期真っ只中ですから……足も大きくなりますよ」
そう言って靴下を履かせると、桜河は「ほっか」と呟いて、にんまりと笑った。
「さて、まずは靴から選びましょうか。そのあと服を選んで、アクセサリーを見て……夜はシナモンでどうです?」
立ち上がり、手を差し出す。
「! 良ぇな。わし、オムライスとピザにしよかな」
想像しただけで胃が重くなる。今にエスカレーターなんてなくてもつむじを見られる日が来るんだろうか。そうなったら、俺が一段上に乗らないといけなくなってしまう。
まだ、もう少しそのままでいいよ。開き直ってヒョコヒョコと歩く桜河の背中に、そっと囁いた。
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