ちいさい秋みつけた

 夏の気配が色濃く残るアーケードを、桜河と並んで歩く。朝晩は肌寒く感じる日も出てきたとはいえ、真昼間の今は道行く人の大半が半袖で、中華料理屋の窓には「冷やし中華」の文字が踊っている。パチンコ店の前を通ると自動ドアが開き、金属やタバコの混ざり合った独特な臭いと騒音、冷気が漏れ出てきた。

「燐音はんは用事っち言うとったけど、まさかこん中おらんやろな」

「どうでしょう。いても不思議じゃないのが悲しいところですね」

 椎名に託された買い物メモをポケットから取り出して、桜河が笑う。

「用事がパチンコなら、あいつの皿に置くんは天かすだけで良ぇな」

 Crazy:Bのメンバーで食卓を囲む時はたいてい、メインの料理名を冠した「パーティ」と称する。今夜は「天ぷらパーティ」らしい。

 八百屋へ向かっている途中、流れていたFMラジオがプツッと途切れ、静寂に笛の音が響いた。北風を思わせるひそやかな旋律。

 およそ童謡に相応しいとは思えない、この歌を知っている。夏の終わりから聖夜までしんしんと降り積もる、幼い日の孤独を際立たせる詞。脳天気な子どもたちの笑い声、風見鶏の鳴らす錆び付いた音、「虚ろ」という言葉の響き。この歌が嫌いだった。いっそ怖かったと言ってもいい。

「なあ、HiMERUはん」

 クッと手首を引かれ、我に返る。とうの昔にやり過ごしたはずの感傷が、未だ自分の中に存在していたことに驚く。

「どうしました?」

「なあ、これ見て」

 桜河が指さしたのは、和菓子屋ののぼり旗。「栗粉餅」と書かれている。そぼろ状にした栗きんとんを塗した餅菓子は昨年、俺も相伴に預かった。スイーツ会で味わったそれを桜河はいたく気に入って、秋の間中、何度も買って来ていた。

「帰り寄って買って行こ。HiMERUはんも好きやろ?」

「ええ」

「コッコッコ。天ぷらもデザートも、楽しみやわ」

 ご機嫌に一つステップを踏んで、歩き出した桜河が何やら口ずさんでいる。差し込まれたスタッカート。春の訪れを告げるような明るい調子。一瞬、何の歌か分からなかった。

「あははっ」

「えっ何、なんで笑うん?」

 同じ曲、同じ詞。なのに、この子が歌うとどうして胸が温かくなるんだろう。悴んだ心が日だまりで溶けていく。

「なあ、なんで笑うん?」

「すみません、うれしくてつい」

 そう言って誤魔化すと、桜河は合点がいったとばかりに頷く。

「あのお餅、美味しいもんな」

「そうですね。ねえ桜河、続きを歌ってくれませんか?」

「ちいさい秋みつけた?」

「ええ……好きなんです」

 目を見つめて微笑む。秋の喜びを歌う、桜河の頬はほんのりと赤く色づいている。ああ、ここにも……ちいさい秋みつけた。

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